2016年8月16日火曜日
「 しっくりくる 」
最近自分のしっくりと向き合っていなかった。
髪型もしっくりきてないし、
服装ももう何年もしっくりくるものを着ていない。
時間もそうだけど、
経済的にもしっくりくるものを手に入れる余裕がなくなった。
自分のしっくりくる感覚なんてすっかり忘れていたのだけど、
家でちょっとした図画工作をしているとき、
いつの間にかしっくりを探している自分がいた。
これはしっくりこない
これはどうだ これはどうだ
しっくり きた〜
てな具合で、久しぶりに自分の中のしっくりと対話していた。
おー、まだ元気だったかー と
自分の中のしっくりに微笑みかけたのであった。
* * * * *
2016年8月13日土曜日
「 葉ショウガ 」
葉ショウガが旬だというので買った。
子供の頃食べた葉ショウガの思い出は、
父が美味しそうにカリカリと食べている姿だった。
「食べたい」と父に言うと
「辛いよ」と言われ、
酢みそに漬かった小さめの葉ショウガをくれた。
辛いくせに、「美味しい」と言った記憶。
それが、
自分で葉ショウガを買い、酢みそに漬け
心から美味しいと思うようになった。
懐かしくて美味しく感じるものもあるけど、
年を重ねた舌は、なぜか親やご先祖様を辿る。
先日実家に帰った時に食べたイナゴも、美味しかった。
お盆に一度だけ提灯を持ってお墓参りへ行ったことを思い出す。
舌の記憶も遺伝なのだろうか。
* * * * *
子供の頃食べた葉ショウガの思い出は、
父が美味しそうにカリカリと食べている姿だった。
「食べたい」と父に言うと
「辛いよ」と言われ、
酢みそに漬かった小さめの葉ショウガをくれた。
辛いくせに、「美味しい」と言った記憶。
それが、
自分で葉ショウガを買い、酢みそに漬け
心から美味しいと思うようになった。
懐かしくて美味しく感じるものもあるけど、
年を重ねた舌は、なぜか親やご先祖様を辿る。
先日実家に帰った時に食べたイナゴも、美味しかった。
お盆に一度だけ提灯を持ってお墓参りへ行ったことを思い出す。
舌の記憶も遺伝なのだろうか。
* * * * *
2016年7月26日火曜日
「 間違い電話 」
昨日携帯に、知らないおじさんから電話があった。
声と話し方から団塊世代のおじさんの顔が浮かんだ。
間違い電話だった。
そして今日、知らない番号からショートメールが届いた。
内容は全く身に覚えのない内容だった。
ひょっとすると、昨日の電話の人かもしれないと思い
電話の履歴を見てみると、やっぱりそうだった。
私は、
昨日も間違い電話をいただきましたけど、番号をご確認ください。
と返信した。
すると、
大変失礼しました!080〜の番号でした!申し訳ありません!
という返事が絵文字付きで返ってきた。
携帯電話生活は、
ほとんど登録されてる番号しか使わないので
間違えたり間違われたりする機会も減った。
固定電話の数字を毎回ピポパポしていた日々が懐かしい。
ピポパポ世代のおじさんの
悪気のない間違い電話にクスッと笑った。
* * * * *
2016年7月19日火曜日
「 屋台の話 」
明日から地元はお祭り
友達に、
屋台で一番好きなものは何?と聞いたら
「チョコバナナ」
という返事がかえってきた
私はお祭りでチョコバナナを買ったことがない
目玉焼き、どうやって食べる?
に匹敵する程のいい質問だったと思った
長く付き合っている友達でも
知らないことはたくさんある
何の意味のない、
どーでもいい質問が
今は一番心地よい
* * * * *
2016年5月28日土曜日
「 泣くと言うより叫んでいた 」
時々ふと思い出している
子供の頃
どうしてあんなに泣いたのだろう
という日のことを
私はまだ小学校に入る前だったと思う
いつから自分に物心がついたのかは覚えていないけど
その記憶は残っている
その日は父と母がどこかのテレビ局で
おもしろ夫婦として出演する日だった
家族六人、父の運転でテレビ局へ向かい
収録中は見学することができた
私たちきょうだいは離れたところから見学が出来たのだけど
父と母が離れてすぐに私は火が付いたように泣きだした
親がいなくて泣くような年齢ではなかったと思うのだけど
覚えていることは
私自身、どうして泣いているのか分からなかったこと
そして父と母が戻るまで私は泣き叫び続けた
帰りの車中で、父が笑った顔で私に言った
「恥ずかしいよ、あんなに泣いて」と
わたしもどうしてあんなに泣いたのか不思議だった
そして恥ずかしくなった
今思い出すことは、
あれは泣いていたのではなく叫んでいたということを
わたしはどうしてか分からないけど
父と母に聞こえるように泣き叫んでいた
周りはみんな迷惑だったに違いない
これまでの人生で泣いた思い出はたくさんある
わたしはたくさん泣いて生きてきた
でも泣き叫んだ記憶はこの一回だけなのではないかと思う
あと何回
こんなに泣き叫ぶことがあるのだろう
こころがどうしようもなくなることが
またあるのだろうか、ないのであろうか
* * * * *
2016年5月15日日曜日
「 アサリの砂抜き 」
今日買い物で、
アサリに “旬” というシールが貼ってあったので
いつもより多めにアサリを買った
家に帰り、ウキウキしながら
どんなアサリ料理を作ろうかと考えていた
レシピをネットで検索しているとき
「速攻アサリの砂抜き」というのが目に入った
そこには、
アサリを50℃のお湯に浸すとアサリが熱くて砂を吐く
という内容が書かれていた
ほほうと思い、早速それを試してみた
アサリが一斉に殻から出て来る
面白くてしばらく眺めていると
だんだんとアサリの動きが鈍くなってきた
いやな予感がした ので
急いで水に浸した
すると水中で、
アサリのにゅーんと伸びたくちばし?が
貝から離れてフヨフヨ浮いている…
、、、?
一体アサリたちに何が起こったのか
アサリはピクリとも動かない
どれくらいだろう…
しばらく私はそれを眺めていた
動かないアサリを
触ったり、塩水に入れたりしながら
頭の中でぐるぐるとアサリのことだけを考えていた
いつもより多めに買ったアサリ
それが、いつもより多めに買ってしまったアサリになっていた
どうやってこの動かなくなったアサリを食べようか…
結局アサリはお味噌汁にすることにした
開かない貝は食べない の反対で
貝が開けば食べていいと思った
そしてもし砂抜きが出来ていなかったとしても
ダシは取れると思ったから
気持ちが乱れていたせいもあり
味見をしても味がよく分からなかった
そして うす味のお味噌汁ができた
開かなかったアサリはなかった
アサリがジャリッといった瞬間
母のアサリのお味噌汁を思い出した
「砂がすごい」と言うと
「汁だけ飲んで」と母が言う
あの時の母の気持ちを想いながら
いつもより多めに入ったアサリのお味噌汁を
私は飲み干した
* * * * *
2016年5月7日土曜日
「 4月 」
気がついたら、4月は一度もブログを更新していなかった。
毎日忙しく終わっていくのに、何にもしていないような気がする。
最近ずっと、こころの持ちようが分からないままで過ごしている。
毎日を、自分の人生だと思っていないのかもしれない。
自分の未来がもう終わったと思っているのかもしれない。
4月でまたひとつ歳をとった。
こんな自分は、ダメな気もするけど、好きな気もしている。
* * * * *
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